建築デザイン学科の学生が「せとうちの瀬戸際けんちく 船の体育館展」を開催 ~今ある建築を未来に残すためにできることは?~
2023.02.15
工学部・工学研究科・環境学研究科建築デザイン学科
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工学部 建築デザイン科
田中 正史
取り組みについて
工学部建築デザイン学科4年生 福沢 貴博さん、前盛 颯樹さん、浦川 和高さん、塩野谷 淳平さんの取り組みを紹介します。4人は田中 正史准教授の研究室(以下、田中研究室)で「今ある建築をどのように保存し未来に残していくか」「誰もがずっと使用し続けることのできる建築とは何か」などを問い、社会をより良くするためのデザインについて研究している学生です。今回は研究室での学びを通して「せとうちの瀬戸際けんちく 船の体育館展」の企画、運営を全て学生主体で行いました。
「せとうちの瀬戸際けんちく 船の体育館展」について
「せとうちの瀬戸際けんちく 船の体育館展(以下:展覧会)」は2022年8月16日~21日に高松市美術館で開催されました。「船の体育館」とは1964年に世界的な建築家 丹下 健三氏(1913-2005)により設計された旧香川県立体育館のことを指します。外観のデザインが船の形に似ていることから「船の体育館」と呼ばれ、市民の方の憩いの場として愛され続けてきました。しかし2014 年に老朽化のため閉館が決まり、現在も保存や再活用の見通しは立たないままで存続の危機にあります。今回の展覧会では来場者に設計から竣工までの経緯の紹介、体育館の存続活動を行っている「一般社団法人 船の体育館再生の会(以下:再生の会)」による保存活動や現状についての報告を行いました。
「せとうちの瀬戸際けんちく 船の体育館展」開催までの経緯と活動内容について
■田中研究室について
田中准教授の専門は大空間構造です。2021年3月、再生の会から田中准教授に「船の体育館 保存活動」の協力依頼がありました。船の体育館におけるこれまでの活動を整理しながら最新の情報発信することを目的に、研究室として活動することを決定しました。研究室では新しいものを作るだけでなく、今あるものを保存するという視点で建築の研究を行っています。
なぜ船の体育館の保存に興味を持ったのか
福沢さん:「4年次のゼミ選択の際に初めて船の体育館の写真を見て、外観のデザインにインパクトがあってすごいなという印象を受けました。その後、自分なりに調べる中で、『保存』という視点から建築を学ぶことに興味を持ちました。建築とは『新しく作り出すこと』として今まで学んできたため、新しい観点での研究に挑戦したいと思いました。」
浦川さん:「私は香川県出身で、元々船の体育館を知っていたので4年次のゼミ選択以前から田中先生の研究室に興味を持っていました。船の体育館が丹下健三さんによって設計されたことを知り、価値のある建物を残すことに携わりたいと思いました。」
■活動内容
研究室に所属した2022年4月に共催者の方から8月の中旬に展覧会を開催したいというお話しがあり、約4か月間で企画の考案と展示品の制作を行いました。時間がない中での準備となりましたが、関係者の方々や田中准教授と相談しながら、4人で具体的な企画内容を考えました。
展示品の制作は船の体育館を知らない方にも魅力を分かりやすく伝えることを意識して取り組みました。田中准教授から船の体育館について専門的に学び、自分たちの知識と合わせながら建築として特徴的である部分、アピールすべき部分を抜粋して模型や説明パネルなどを制作しました。
船の体育館を設計した丹下 健三氏は、同年に東京都所在の国立代々木競技場 第一体育館(以下:代々木体育館)」の設計も手掛けています。代々木体育館は都市にあることから修繕工事が行われ、現在も使用され続けています。しかし、船の体育館は香川県が修繕費を全て負担できないという理由で工事が進みません。制作した年表を通して、2つの体育館の比較も来場者に伝えました。
開催期間中は地域の方や旅行客など、約1000名の方が来場しました。特に代々木体育館との比較は「同じ建築家の設計でどちらも素晴らしい建築なのになぜ船の体育館だけを壊してしまうのか」という共感を多くいただきました。
実際に開催した感想
福沢さん:「準備時間が少なかったので展示品や資料の用意が一番大変でした。しかし、当日は制作した展示物やその説明を聞き、来場者の約8割の方が保存活動への署名をしてくださいました。自分たちの活動が船の体育館の保存へ少しでも貢献できたことを嬉しく思います。署名は県に提出します。既に取り壊し決定時期が延長していることから、今回のような活動には影響力があると思っています。今後も活動に携わりたいです。」
前盛さん:「船の体育館を元々知らなかった方が来場しており、質問を受けたときにこの展覧会が保存活動を広める1つのきっかけになっていることを実感しました。体育館を使用していた人と話す機会もあり、参加してより学びを深めることができました。」
浦川さん:「実施以前は少しでも多くの方に来場していただき、船の体育館を知ってもらいたいと思いながら準備を進めていました。実際、ニュースや新聞に取り上げていただき、思っていたよりもたくさんの方々に来ていただくことができて嬉しかったです。中には保存に反対する方もいて、船の体育館に対する思いは様々であることを実感しました。」
塩野谷さん:「現地での活動を通して、香川県民の方たちの意見も賛否両論あることが分かりました。建築を設計して作ることは大変ですが、保存や解体をすることもエネルギーがかかることを知る良い機会となりました。」
■ 展示品の紹介
「3Dプリンターで制作した構造模型(S=1/200)」
2014年に船の体育館が閉館したため、内部空間を体験することができない状態になっています。まず、設計図から3Dのデジタル図面を起こし、3Dプリンターで読み込めるような要素に分割しながら、プリンティングの精度を調整する作業を行いました。模型は3つの段階に分けて建設状況の変化がわかるように制作しました。
「縁梁断面の模型(S=1/5)」
写真に示す通り、黄色の人に対する逆三角形断面の縁梁の大きさが良く分かると思います。実際に体育館の中で空間を感じると、まるで壁のように見えます。このスケールを伝えられるように、模型の高さは1.7mあります。断面の黒い点は、コンクリート内部に配置してあるPC鋼材と呼ばれる高強度で作られた特殊な鋼材を表現しております。
「段ボールの構造模型」
船の体育館の競技場から見える風景を体験することができるように、模型の下に人が入ることができる穴を開け、覗くことができる模型を制作しました。
「年表 香川の近現代建築」
第二次世界大戦後の焼け野原となった時代から、高度成長期のモダニズム建築の建設、直島アートプロジェクト※1に始まる瀬戸内国際芸術祭の舞台となる瀬戸内と建築の関係などを年表で紹介しました。
※1:直島(香川県)では島全体をアートで飾るプロジェクトが進められている
「施工図の復元(左)」、「手書きの構造計算書の展示(右)」
船の体育が設計された1962年は、手書きで図面を作図し、構造計算も方程式を手書きで解きながら安全性を検証していました。当時の構造計算書は約800頁にも及び、特殊な技術における検証方法を学ぶことができます。また施工図の復元は、当時の建設方法だけでなく社会状況を理解する上で貴重な資料を公開することができました。
活動を通して学んだこと、今後取り組んでいきたいこと
福沢さん:「活動以前は船の体育館をそのままの形で残していきたいと思っていました。しかし、2024年には近隣に新香川県立体育館が完成予定であるため、保存しても将来は体育館として必要とされないと感じています。建築は使用されることが1番であると考えているため、ただ残すだけでなく必要な形で保存することが大切だと思うようになりました。」
前盛さん:「展覧会を通じて、価値や歴史のある建物を保存、解体するにはどちらにしても良いところと悪いところがあると実感し、建築物の将来を考えることの難しさを学びました。船の体育館は設計された時代だからこそ実現できた構造「モダニズム」に特徴があります。私はこの価値を活かしつつ、現代のニーズに適する形で残していくことが最善であると考えています。」
浦川さん:「今回の展示会が船の体育館を多くの人に知っていただく機会になり、行動することの大切さを学びました。今後も自ら行動することを大切にしていきたいです。そして、少しでも人に影響を与えることができたらと思っています。」
塩野谷さん:「展覧会の活動を通して、建築という専門知識だけでなく幅広い視野を学ぶ必要があることを実感しました。我々の暮らす社会では、誰もが建築に関わりながら生活しています。人の思いと建築のよい関係を見つけていきたいと思うようになりました。」
今あるものを未来に残していくためには
福沢さん:「活動を通して、自分が生産者の立場に立ったときには長期的に使用してもらえるものや、誰かに影響を与えるものを未来に残さないといけないなと思いました。そのため、卒業制作のテーマを「多くの人に使ってもらえるもの」として進めました。卒業後は建設業に携わる中で技術を身に付け、船の体育館をはじめとした今ある建築の保存・改修に貢献したいです。」
前盛さん:「既存の建築物を未来に残すことも大切ですが、解体する際にはその一部をリサイクルできないかと考えることも大切であると思っています。ごみを減らすことに加え、建築基準法の改正によって現代では再現できない建築構造を未来に残すことは重要であると思います。」
浦川さん:「バンクシーの描いた絵のように、ただ街に落書きをしたものが人々の注目を集め、価値あるものになることがあります。そのような絵は消されません。価値や歴史のある建築物も同じように、多くの人に認知され、存在し続けることが望ましいと思っています。」
塩野谷さん:「初めて香川県を訪れて感じたことは、昔ながらの美しい景色が残っていることでした。建築は固有の敷地に対して設計され、その風土や景観とともに使われる続けることがとても幸せではないかと思います。これからは環境と人の関わりを理解し、建築を通じて未来に貢献したいです。」
4人は2022年10月7日、「Creating Happiness賞」を受賞しました。この賞は2016年に大学ブランドの発表と武蔵野大学しあわせ研究所の設立を機に創設された賞で、日々の生活の中で実際に幸せをカタチにした教職員や学生に贈られるものです。
【関連URL】
■せとうちの瀬戸際けんちく 船の体育館展が開催https://www.musashino-u.ac.jp/news/20220815-01.html
■「Creating Happiness賞」授与式を行いました:https://www.musashino-u.ac.jp/feature/happiness_creators/no006.html
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