「合計特殊出生率(TFR)増大のための施策構築に向けて
~TFRの代理変数の開発によって、市区町村(約1700)別TFRの20年間の推移と特徴を明らかにしました~」

2021.05.17

工学部・工学研究科・環境学研究科数理工学科

  • 工学部 数理工学学科

    西川 哲夫

取り組みについて

この取り組みは、工学部数理工学科の西川哲夫教授と学生3名による、独立行政法人統計センター主催(総務省共催)の「統計データ分析コンペティション2019」における活動です。

「統計データ分析コンペティション2019」は高校生、大学生等を対象に、地域別の統計をまとめたSSDSE(教育用標準データセット)を用いた統計データ分析の論文を募集し、そのアイデアと解析力を競うコンペティションです。

同コンペティションにおいて、数理工学科の学科生3名が提出した「市区町村別でみる合計特殊出生率推移の特徴分析」と題した論文が「統計活用奨励賞」(統計協会賞)を受賞しました。本論文は少子化問題への貢献を目指して、合計特殊出生率(以下:TFR)推移の現状を地域ごとに把握し、より有効な政策提案を可能にすることを目的として提案したものです。

 

2019年度統計データ分析コンペティション表彰式にて

 

統計活用奨励賞の表彰状

 

また本論文は、日本統計協会の月刊誌「統計」20206月号に掲載されました。

 

論文テーマ選定経緯

201612月、全閣僚を構成員とする「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」は、日本としてのビジョンや8つの優先課題が示された「持続可能な開発目標(SDGs)実施指針」を策定しました。持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための具体的施策(付表)によれば、「一億総活躍社会の実現:夢をつむぐ子育て支援」において、2025年度までに「希望出生率:1.8」を実現する目標を掲げています。しかし2019年のTFR1.36であり、目標に対して大きな差異があります。

そこで私達は、持続可能な開発のためには人口の維持が必須であると考え、少子化問題への貢献を目指した検討を開始し、少子化のパラメータであるTFRのこれまでの時系列的な変化に着目しました。

 

取り組み内容について

TFRに影響を与える因子は無数にあり、TFRの値を、人口、経済、医療、福祉、教育分野などから着目する分野の複数の変数の線形和によって近似する分析の試みがこれまで多く研究されてきました。しかしこれらの分析では都道府県ごとのデータを用いる場合が多く、データ数に対して考慮すべき変数が多いことから、充分な研究成果が得られていませんでした。また都道府県ごとではなく、都道府県内の地域差の情報も含みデータ数が約1700と大量にある市区町村ごとのデータを用いることを検討しましたが、市区町村別の全国規模でのTFRの数値は最新のものも含め、十分に公開されておらず、使用できるデータがありませんでした。

そこで私たちは使用できるデータを自ら開発することを考えました。「子ども女性比*」という変数に少し手を加えることで、TFRの近似値として使えることを示した上で子ども女性比を用いた新しいTFRの代理変数:TFRCを導入し、約1,700の市区町村別にTFRC1995年から2015年にわたる時系列を得ることができました。その後、これらの時系列を用いて各市区町村の分類を行い、分類ごとに日本列島上にどのように分布しているかを調べ、その特徴を明らかにしました。

*子ども女性比・・・15-44 歳女性人口に対する 0-4 歳人口の比

 

TFRC時系列クラスターの日本地図ヘのマッピングした様子(数理工学科紀要より一部改変)

 

本論文に対して、審査委員長の椿広計 統計数理研究所所長より「本論文で新しく開発した『合計特殊出生率(TFR)の簡便推定方式』を導くプロセスが実に秀逸であり、TFRの時空間変化の考察もスマートで好感が持てるものであり、追加的検討により政策に寄与する本格研究に育つ可能性が高い」というお褒めの言葉をいただきました。

 

審査委員長の椿広計 統計数理研究所所長より、記念品を授与

 

 

SDGsの目標に対して、本活動を通して実感したこと

SDGsは17の目標と169のターゲットで構成されている

 

SDGsの施策目標を達成するためにまず必要なのは、正確で詳細な現状分析だと考えますが、それをきちんとやることはそう簡単なことではないことをまず思い知らされました。TFRに関していえば長い間未解決の大きな問題であり、すでに膨大な数の研究が実施されています。そのため一体どこまで研究され、どこまで分析・解明されており、何がなされていないのかについて、ある程度理解するまでが大変でした。分担して勉強を重ね、市区町村ごとの分析が今後必要だと分かり、データが公開されていないことに気付きました。

このような場合、データが使える別のテーマに移っていくのが恐らく普通の考え方ですが、そこであきらめず、しつこく調査を続けたことが良かったと思っています。今回、市区町村レベルの網羅的分析や新しい変数の発想にたどり着けたのは、ヒトゲノム解析という巨大で全く新しい対象にかつて挑んできたという経験が生きたのかもしれません。ある分野での課題に、その分野で用いられている知識や手法だけでうまくいかないとき、別の分野での発想を持ち込むことで、新しい展開が生まれる時があると感じます。

このような代理変数を探していくアプローチは、あまり聞いたことがなかったので、審査員の先生方に果たしてその方法が評価してもらえるだろうかと半信半疑でした。その後、椿審査委員長から「合計特殊出生率(TFR)の簡便推定方式を導くプロセスが実に秀逸」という評価をいただいて、私達の考え方は認めてもらえたと嬉しく思うと同時に、今後もあまり常識を気にすることなく思うままに攻めていこうという勇気が湧きました。

以上で述べたような分野の枠を超えた発想は、SDGsのどの分野の施策を推進する際にも必要になってくるのではないでしょうか。またSDGsの目標は形の上では17に細分化されていますが、SDGsのあらゆる分野や施策はそれらの影響が互いに絡み合っているのではないでしょうか。そうだとすると個々の分野・施策だけをみるのではなく、同時に複数の分野や施策に着目した施策も必要な気がします。

 

担当者

  • 工学部 数理工学学科

    教授

    西川 哲夫

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